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2015.10.19

ママが”笑顔”でいるべき大切な理由


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どうも、BRAVA編集長大倉です。久しぶりのつぶやきです。

最近、同僚に薦められて、ブログなどを集めた「Medium」というサイトをみています。

そこで読んだある記事に、不覚にも朝から電車の中で泣いちゃいました・・・。

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タイトルは「Tears for my Mom」

筆者はこのMediumで働くTamiという女性。

内容をかいつまんでいくと・・・

昨夜、ママを思って泣いた

食事に出かける前、ママに「新しい仕事が順調にいってるといいね」とメッセージを送った。

戻ってから返信を見ると「後で話さなきゃ。失敗しちゃった。でも明日99セントショップの面接があるの」と返ってきていた。

母親の仕事がうまくいかなかったのはわかるけど、それで号泣する?と疑問に思いながら読み進めました。

日本でも高齢者の職探しが難しいとの話も聞きます

日本でも高齢者の職探しが難しいとの話も聞きます

メッセージの内容を完全に理解する前に涙が溢れてきた。

確かなことは、私がサンフランシスコで9−5時(正直にいうと10−4時)の仕事を謳歌している間に、私のママは応募した仕事に採用されなかったってこと。

職業に貴賎なしだと思っているけど、50歳を過ぎた人々が雨露をしのぐための仕事を得るのですら苦労しているのを見るのは心苦しい。

ましてそれが自分のママだと、なおさら・・・。

 

ずっとママを嫌ってた。彼女がすることにどうしてそうするのか理解してこなかった。

彼女のやることなすことに腹を立てていた

彼女がなぜその行動を選んだのか気にも止めなかった。

彼女に共感したり、本当の意味で彼女を見る機会を作ることをしなかった。

この時点で5年、ママには会ってなかった

自分は仕事に恵まれているけど、ママは仕事探しに難航していて、しかも母娘関係が悪かったのね。

それでも、号泣する内容なの?と疑問に思い、さらに読み進めました。

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私のママは平穏な人生を歩んでこなかった。サンノゼのもっとも劣悪な地域で育ち、両親は彼女が30歳までに亡くなった。

私も生まれたその街は、暗くて、汚くて、危険だった。

ママの両親は子どもたちを育てなかった。彼女は自力で生きてきた。

どこへ向かえばいいのかわからない暗闇を、一途の光を求めて歩き続けていた

 

ママがその暗闇の中で迷子でいることを私は知っていた。おそらく彼女もわかっていたと思う。

ママが義父と知り合った時、彼は私を受け入れ育ててくれた。

ママは私が6歳の時、その義父に私を残して、去っていった

私は四六時中母親を憂い、思って泣いた

もしかして電話をかけてくるかもと、何時間も電話の前で待った

ママも恵まれない環境で育ったようだけど、それは子どもを捨てる理由にはならないよなと、さらにこの筆者が自分を捨てた母親を思って号泣するわけがわからなくなりました。

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彼女には過酷な現実世界から守ってくれる誰かが必要だった。

彼女はよく笑った。彼女を知る人は、彼女を「陽気な人」という。

でも後々、その笑顔は条件反射のようなものだとわかった。

笑顔とジョークの陰に隠されていたのは、今月の光熱費が払えるかどうかもわからない怯えた少女だった。

自信も自尊心もない少女は、自分を守る為それを見つけようとした、いつも間違った場所で・・・。

笑顔の裏に不安を隠す人は確かにいます。強がっていないと折れてしまうという人も。

ただ、それを冷静に分析できる娘にちょっと切なくなりました。

ママは自分で自分をどう思っているかを確かめるために男たちを利用した。

でも、男たちは”男であること”を確かめるためにママを利用した。

ママはいっつも傷ついてばかりいた。

私は子どもとして、”擁護者”として、そんな彼女を見るのが辛かった。

心配はいつしか怒りへと変わっていった

義父は良い人のようなのに、なんで出て行ったんだろう?と別の疑問が湧いてきましたが、不器用な母親の生き様にますます切なさが募りました。

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私は何一つ変わっていないママを思って泣いた。

彼女は25年たっても未だに望みのない状態にいる。

自分の心をなだめるために、薬に、酒に、悪い仲間に頼る。

未だに彼女が生まれた地域と同じように荒んだ場所に住んでいる。

ずっとそれを繰り返し、私を傷つけ続ける。

ここまで読むと、かなりこの母親が哀れに思えてきました。

著者は自分の母親を哀れんで泣いているのだと、この時点では思いました。

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私は傷ついた。ママは責任ある大人だと思う一方で、彼女に比べて自分は人生においてどれだけ多くの機会を与えられてきたのかと考えずにはいられないからだ。

私たちは瓜二つだと思う一方で、ママから離れて、ママとは違うと思っている。

それは、私に罪悪感を抱かせる

私はずっと別の家族に守られていたし、ママは私の世話をする立場にはなかったけれど、いつもいつも”私は賢くて美しいと”思わせてくれた。

ママはいつも私に”愛されている””尊重されてている”と感じさせてくれた

ママ自身は一度だって誰からもそんな風にされたことないのに。

少し、雲行きが変わってきました・・・。やばい、泣きそうです。

私は昨日の晩、泣いた。見たくなかったけど、ママの中に私自身を見てしまったから。

私がいたかもしれない反対側。

愛や助けてくれる家族のいない人生に何が起きるのか。

自尊心がないとどうなるのか。

多くの人に利用されるだけで、誰からも助けられない人の末路・・・。

ママの状況は、もしかすると自分の状況だったかもしれない。

でも、なぜ自分が今、まったく違う人生を歩んでいるのか?

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私は長いことママと関わりたくないと思って過ごしてきた。

同じ遺伝子ということを恥ずかしくも思っていた。

でも今は、むしろ彼女を誇りに思いたい

わずかな助けしかなくても、こんちくしょうと頑張ってきたことを。

導いてくれるはずの両親なしで、歩んできた彼女の人生すべてを。

消えてなくなりたいと思ったこともあっただろうけど、生き続けいていることを。

自分自身は一度も感じたことがないのに、いつも私に”愛されている”と感じさせてくれたことを。

諦めないことを。

99セントショップの面接を受けることを。

筆者の母親は、一般的には非難されることが多いでしょう。

ろくに子育てをせず、男に、酒に、薬に溺れるなんてと。

でもそれは、覆しにくい環境のせいだったのかもしれません。

そんな環境の中、笑顔でい続けた。それが不安を隠す仮面だったとしても。

懸命に生き続けた。誰からの助けも、誰からの愛情がなかったとしても。

そして何より、娘に”愛”を送り続けた。きっと笑顔で。

人は、自分の経験していないことを行動にすることは難しいと思います。

愛情をしらない人が、周囲に愛を与えられるのか?

彼女にはそれができたし、ちゃんと伝わっていました。

 

もしかすると、自分では娘の環境を変えることができない。だから、養父に彼女を託したのかもしれません。

 

このコラムについて、この母娘関係について、批判的な見方はいくらでもできるでしょう。

でも・・・

 

母親がつねに笑顔でいたこと。

娘がつねに”愛されている”と感じていたこと。

そして、それは母親の環境ではとても大変で、

とても凄いことであること。

筆者はこの夜、そのことに気づいて泣いたのではないでしょうか。

 

ここまで壮絶な人生はなかなかないかもしれません。

ただ、どんな状況でも子どもに対し、

”あなたは愛されているよ、なぜならあなたにはその価値があるから”

伝えることが大切なのだと思いました。

そして、その時は笑顔であるべきことも。

 

どうすれば、笑顔で子どもに愛を伝えられるか。

これから、日々トライ&エラーで(エラーはあまりしたくないですが)見つけていきたいと思います。

 

SMILEFUL

笑顔に満ちた毎日を。

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*かなり意訳、はしょり、誤訳もあるかと思います・・・。その辺りはご容赦ください。原文はこちら

大倉奈津子

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