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2016.11.04

【ズボラでもいい】ありのままの母親でいれば「人生の荒波を乗り切る子」が育つ!?そのワケとは?


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大きくなったお腹をなでながら、笑顔あふれていたプレママ時代。でも、いざ赤ちゃんを抱いた瞬間から「思っていたのと違う~」と言いたくなる事の繰り返しですね。働きながら子育てをする。手を抜く事もあれば、躾だって「わが家のルール」をつくったはずがどんどん崩れていくことも。

でも大丈夫です!「ありのままのママ」だからこそ、子どもはしっかり育つんです。現在26歳と10歳の子どもをもつ私がそう感じる理由を体験談をもとにご紹介します。

「あるある!」ママの都合でブレる躾とルール

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「ゲームは30分まで」「アニメは親子で決めたものだけ、時間も18時台まで」私の子どもも4歳ぐらいから、少しずつわが家のルールを守らせてきました!……と、断言したいところですが、このルールは実のところ「今日は特別」のひと言で親の都合で変えてしまう、そんな事の連続でした。

例えば、ちょっと一杯のつもりのビールが、なぜか夫と盛り上がる。できれば、ふたりで子どもに邪魔されずにゆっくり話したい。その親の姿を見計らったように子どもは「ママ~、ちょっとだけゲームしてもいい?」と言ってきます。ゲームやiPadを与えておくと静かになるのは事実。まずいなとわかっていても、ついつい見逃して気づくと1時間半も経っている・・・なんてことよくありませんか?

ところが翌日になって、夕飯支度前からDS抱えてるわが子に「もう30分たつでしょッ!約束守らないとダメだよッ」手のひらを返すとは、まさにこの事でしょう。私は昨日のことなど忘れたように、子どもを叱りつけていました。

ブレまくるわが家の躾。子どもも子どもなりに「おかしいぞ」と思っている。これで偉そうに「お約束は守りましょう」なんて、私もよくぞ言えたものです。

ズボラな親から学ぶ「社会」

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でも、こういう私でも、とりあえず1人は立派な(たぶん)社会人に育てました。この社会人長男が

「時間決めて張り紙までしてたのに、自分が見たいテレビがあると、奥の部屋でゲームしてていいよ、とか言ってたじゃん」
「俺が正しい事を言っても、そんな意味で言ったわけじゃない!とかワケわからん反論をしてきて、イライラしてるなーっとよく思った」

そうで……。今さらながら「スイマセンねぇ」と答えると、思わぬ返答が戻ってきたんです。

彼は時に「言う事とやる事」に違いが出る親を見ながら、「ちぇっ」と思いつつ育っていったわけです。やがて小学校や中学校へ行くようになると、正しいと思っている先生に「自分はやってない」みたいな訴えをしても、理由さえ聞いてもらえない事もある。高校生になってバイトしてみると、店長が「こうしろ」と言ったのに、次の日になって「なんでこんなになってるんだ」と怒られる。

「ま、お袋の適当さを見てたから、こんなもんだよな~って思えたよ。思い通りにいかないし、俺が正しくても相手の意見に賛成しなくちゃならない時もある。社会人になって、さらに身にしみているな」と。

親は子どもに小さな嘘をついたり、ごまかそうとしちゃったり、本当は子どもに関係がないのに八つ当たりしちゃったりしてしまう。でも、それでも子どもはママを嫌いになったりしないんですよね。ただ、「なんで?」と思い、やがて「なんだかわからないけど、しょうがないんだ」と考え、「ちぇっ、なんだよ」とムッとしながらも結局受け入れて、ミニカーを投げたりリカちゃんに愚痴をこぼして過ごしていく。そうして「理不尽」とか「不公平」という、まだ言葉にはできない感情をなんとか子どもなりに消化していくのだと思うのです。

実は昔、もはやどなたの随筆だったか忘れましたが、女流作家の一言に「親が不完全だからこそ、子どもはそれを許し、受け止め、自分なりに理解する力を育んでいる」というのがあって、その言葉になんだかとても気が楽になりました。少し固い言い回しですが、コレを私自身の言葉にすると

「ズボラな親から、子どもは荒波を乗り切る力を育んでいる」

と、かなりポジティブ解釈しております。私たち親は、できれば清く正しく、きっちりと生活習慣を子どもに身に付かせようと頑張ります。ズボラ自認の私ですが、その私でも、3歳から小学校ぐらいまで、必死に躾けてきたつもりです。だけど、やはり母も人間ではありませんか。気分や機嫌で、言うこと・やる事が常に一定しないのも仕方ない事のように思います。

完璧をめざさなくても「子どもなりに考えて育っていく」

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残念ながら、社会は不公平に満ちています。子どもは成長と共に「現実」が見えてきます。その都度、落ち込んだり、悲しんだりもするでしょう。親が励まし、時に叱咤し、あるいは抱きしめてあげられるうちはいい。でも、子どもはいずれ「ひとり」で現実と立ち向かわなくてはなりません。

子どもはママの言葉と姿を見ています。怒鳴り散らした後に、ガックリ肩を落としている姿だって、ちゃーんと見ているんです。

そんなママが、パパから慰められたり、何やら「嵐」のDVD見ているうちにご機嫌直ってたり、ポテチ1袋抱えて缶ビール飲んでたら「さっき、ママいきなり怒ってゴメンネ」なんて謝ってきたり。クルクルと変わるママの姿に戸惑いながら、やがていつもの大好きなママの笑顔を見て安心します。そうした光景は、子どもの心のどこかにしまいこまれ、ある時よみがえっては無意識に子どもを安心させているように思えてなりません。そうして子どもは「乗り切る力」を少しずつ少しずつ習得していくのでしょう。

「ありのままのお母さん」で充分なんです!

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その積み重ねは、実は健康な社会人になる為に必要な学習なのです。人生の最初に「なんなんだ、こいつ!」と思うのは、実は一番身近にいるママなんですね。そして、何度もケンカして何度も謝って何度も仲直りしていくうちに、何もかも納得できる世界ではない事に折り合いをつけて「生きる術」を手にしていくのかもしれません。

と、こんな話を長男としていたら、「お袋、なんだか話しウマいねぇ、それだと、お袋がズボラだったおかげで、俺がまともな社会人になれた、みたいなネタになってる。やっぱ、適当だね~」と言われましたけども! でも、笑いながら注いでくれたビール。うまかった。一生懸命やってるんだから、完璧でなくても大丈夫。失敗しちゃったな、と思った時も、「そこまで怒る必要なかったかも」と思った時も、安心して下さい。どんな母の姿でも、子どもは不思議とそこからもっと大きなものを日々学んでくれているのです。

母の存在そのものが、子ども達にとって「生きる教科書」なんですから。

大橋 礼

大橋 礼

年の差15歳兄弟の母。DTP会社勤務後、フリーで恋愛・料理・育児コンテンツを執筆中。今や社会人長男のママ仲間とは「姑と呼ばれる日」に戦々恐々しつつ、次男の小学校では若いママ友とPTAも参戦中。飲めば壮快・読めばご機嫌!本とお酒があればよし。


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