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2017.02.01

【働くシングルマザー】うちの子どもが!?息子が「発達障害」とわかるまで


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我が家は、母1人子1人(現在8歳)の母子家庭。息子が5歳のとき、当時通っていた保育園の先生からすすめられ、自治体の教育相談(子どもの発達面や勉強・生活面で気になる点を相談できるところ)に行くことに。
そこではじめて私は、息子のもつ特性を知ることになります。これから一体どうしたらいいのだろう……そんな不安を抱えつつ現在まで至る、そんなドタバタ親子の奮闘記を、時を少しさかのぼってお話しします。

保育園の最後の面談で先生に言われた一言

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息子が2歳のときに離婚をし、実家に帰ってきた私たち。2回目の申し込みでやっと入ることができた保育園では、箸の持ち方からトイレトレーニングまで、生活のあらゆることを先生たちが教えてくださりました。今でも保育園には足を向けて眠れません。

そんな保育園生活も残すところあと数ヶ月となった冬、保育園では卒園前最後の面談がおこなわれました。そこで先生から言われた一言が、今につながるキッカケとなったのです。

「お母さん、息子さんは、小学校に行っても45分間イスに座っていることが難しいと思います

確かに、学校では、授業の間、ずっとイスに座っているのが常識です。しかし、入学してからすぐ、ずっとイスに座り続けられる子どもなんていないでしょう……と、当時は楽観視していました。
というのも、日頃過ごしているなかで、少し飽きっぽいところやマイペースすぎるなということは感じていましたが、それは、それぞれの子どもの性格にすぎないと思っており、保育園の先生から言われて初めて、「むむ……これはまずいのか?」と認識しました。
しかし、保育のプロである先生方からは、自治体の教育相談に行くことを勧められ、それから数週間後、教育研究所というところに相談に行ったところ、「一度、お子さんの知能や特性を調べる“WISC”というテストを受けてみませんか?」といわれ、何がなんだかわからないまま受けることになりました。

WISCって何?

内容は、類似・単語・理解・知識・語の推理をまとめた「言語理解指標」、そして、積み木模様・絵の概念・行列推理・絵の完成をまとめた「知覚推理指標」、また、数唱・語音整列・算数とまとめた「ワーキングメモリー指標」と、最後に、符号・記号探し・絵の抹消をまとめた「処理速度指標」、この4つの指標得点と、全体的な認知能力を表す「全検査IQ」を合わせた5つの合成得点から、子どもの知的発達をより多面的に捉えることができることが大きな特徴のテストのことです。
対象年齢は、5歳から16歳11ヶ月で、精神科などの病院や専門クリニック、自治体の教育研究所などで受けることが可能です。

気になるWISCの結果と就学前トレーニング

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WISCを受けた息子の結果は、4つの指標のうちの「言語理解」の部分に関しては、著しく値がよく、一方「処理速度」や「ワーキングメモリー」については、著しく値が低いというギャップがあることがわかりました。

IQは、知的障害まではいかずとも、通常範囲内ともいえない、俗にいわれる「グレーゾーン」の域。そのため、小学校では、通常級に通うと、学校生活や勉強面においては、困難が生じる可能性が高い、いわゆる「限りなく発達障害である可能性が高い」ということを自治体の教育研究所の方から知らされました。

いくら悩もうが、小学校への入学はもう目前。保育園の先生に、「45分間座っていることが難しい」といわれたのであれば、もはやトレーニングをするしかない!と、教育研究所にて、3人1組のグループで、小学校の教室を再現するような“就学前トレーニング”という、座ること、勉強や登校時・下校時の準備の仕方などにトライしました。

息子の「発達障害」が信じられない……だから白黒ハッキリさせた私

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時は過ぎ、あっという間に小学校に入学を果たした息子。通常級と通級(違いについてはこちらの記事を参照)を併用していたものの、事件は、入学式から1週間も経たないうちに連続して起こりました。

お友達と遊びたくても「遊ぼう」という言葉が上手にかけられず、相手を突き飛ばして気を引く、また、名札についている安全ピンをふざけてお友達の腕にチクチク刺したなど、常軌を逸した行為に出た息子。

もちろん、明らかにやってはいけないことですし、こんこんと息子を叱ったことを、今でもハッキリ覚えています。しかし、これが「発達障害」であることが原因で起きている行動なのか?と問われたら、YESと即答できない自分がいたのです。

なぜならば、私の小学生時代には、俗に“やんちゃな子”と称されるような男の子の存在をたくさん知っていたからです。そこで私は、本格的に病院を探し、きちんとした診断をしてもらおうと、病院探しに躍起になりました。

しかしながら、こういった児童の精神科というものは数少なく、あったとしても予約は2ヶ月以上先、ひどいと半年先というところもありました。そのなかでも、息子が1度かかったことのある大学病院に、児童の心理を診てくださる先生が見つかったので、2ヶ月先でしたが予約を入れました。

大学病院は、検査と問診含め、複数回通いました。そこで下された診断名は、「ADHD(注意欠陥多動性障害)」というものでした。ADHDとは、おおまかにいうと“多動性”“衝動性”“不注意”などの特性があります。人によって症状は異なりますが、じっとしていることが難しい、出し抜けに答えてしまう、忘れ物が多いなどの特性があげられます。

診断してくださった先生の見解として、今後は、投薬治療をするかしないかの2択。小学校1年生の息子の服薬には、私自身大きな不安があったため、大学病院での治療はおこないませんでした。

いくら診断で白黒ハッキリ結果が出ようが、息子のライフスタイルに変化はありません。授業に集中することができず、教室を飛び出してしまうこともしばしば。担任の先生や学年主任の先生と何度も面談を重ね、迷惑をかけっぱなしのまま2年生への進級になりました。
2年生に上がって、担任の先生が変わりました。息子とも相性がとにかく良く、また私との連携で息子への対応等も一生懸命に考えてくださる方でした。

しかし、このままでは息子にとっても私にとってもストレスは残ったまま……変わったのは、“あぁ、この子はやはりADHDなのか”と私が認識したことくらい。投薬治療をすべきなのか否か……。
このことを悩みに悩んだ挙句、これが最後!といわんばかりに、サードオピニオンを受けることに。息子の困難をやわらげ、かつ学校生活を円滑にすすめるためには、投薬しか方法がないのだろうか……でも薬は、できれば飲ませたくないという、悩みの無限ループから脱却すべく、信頼できる医師の判断に委ねよう、これで、「息子さんには服薬しかありません」と言われたら、それに従おうと思いました。

一体、どこまでやれば気がすむんだ?と自問自答していましたが、児童精神科の権威と呼ばれるような専門医を求め、今後の治療や対応なども含めて相談できるクリニックを探し当て、電話予約は、超人気アーティストのチケットを取るかのような、携帯2台でひたすらかけまくること1時間半。ようやく念願の予約をとることができました。

確定診断とソーシャルスキルトレーニング

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サードオピニオンを受けられたのは、小学校2年生になったばかりの4月でした。1回目のWISCを受けたのが5歳だったこともあり、7歳になったからもう1度現在の指標をみてみようとのことで、2回目のWISCを受けました。
若干、1回目のときよりも指標の値はよかったものの、相変わらずの「言語理解」と「処理速度」や「ワーキングメモリー」のギャップは埋まらず……。確定診断は、「発達障害スペクトラム」。なかでも、ADHD要素が強いとのことでした。

医師の見解は、投薬も1つの選択だけど、臨床心理士によるソーシャルスキルトレーニングを受けて、学校や日常生活への適応能力を高めていくことも可能ということを知らされ、私は、迷うことなく、月2回のソーシャルスキルトレーニングを選択しました。(クリニックの別の階で受けることが可能です)

ソーシャルスキルトレーニングは、臨床心理士の先生と息子がマンツーマンでおこなうもの。知育玩具を使った算数のゲームや、推理・予測を深めるパズルのようなものをはじめ、目の運動や体幹を鍛える体操もあります。

ソーシャルスキルトレーニングは、保険適用外の実費。シングルマザーにとっては、痛手となる出費ですが、息子がもっと人生を楽しく生きられるために……と考えたときに、私はこれが最善だと信じました。

息子の「ありのまま」を受け入れる覚悟

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小学校2年生の2学期、通常級と通級の併用をしているものの、勉強はみんなよりもどんどんと遅れが目立ち、そのことに対する息子自身の劣等感、それに伴う自信喪失が顕著に現れるようになりました。
保育園からのお友達と一緒のクラス、近所のお友達と通う学校、それは、かげがえのない大切なものだと思っていた私。いま通っている小学校ではなく、固定級(特別支援学級)に通うとなると、距離も遠く、気の知れた友達とも離れ、様々な問題が生じることからそれまで選択肢に入れてなかったものの、息子のためを思うなら、それも1つの選択肢なのかなと思い始めていた矢先のことです。

息子にとっての学校生活は、極限状態まで頑張っているのに、達成できない勉強、そして順調にすすまない学校生活は、ストレス以外のなにものでもなく、お友達と遊ぶのが大好きな息子が、“休み時間は1人で本を読むのがいい”と外で遊ぶことから離れていきました

普段、外で走り回って遊ぶのが大好きな息子がそれほどまでに消耗してしまった姿をみた私は、もう息子は限界だ、このまま通常級に通わせても、彼にとっての小学校時代が“つらい”というだけの記憶になってしまうと思い、急遽、校長先生に、固定級の見学に行かせて欲しい旨を伝えたところ、話はトントン拍子に進みました。

まずは、私だけが固定級の見学におもむき、授業の様子や子どもたちの状態などもしっかりと目に焼き付けました。見学して、ものの1時間も経たないうちに、私の心のなかで「息子をここに通わせたい」という気持ちがフツフツとわきあがりました。ここは、何らかの困難があり、通常級で過ごすことが難しい子たちが学んでいる場であるのに、1人ひとりの子どもたちの顔が活き活きとしているのです。それとともに、上級生が自発的に下級生の面倒をみて、手助けをしている様は、本来通常級においてもあってほしい一面でもありました。
困難があれば、「助けてください」といえる勇気、そして、それを言えなくても「あの人は困っているから助けてあげよう」と気持ちを察することができるスキルは、ぜひとも息子に学んで欲しいと思ったからです。

それをその日、息子が帰宅してから伝えると、是非とも体験をしてみたいとのことで、体験授業を申し込み、見学から5日後、1時間目から4時間目までその固定級を体験した息子。はじめて行く場所、はじめて会う人は、めっぽう苦手な息子が、ものの10分で笑顔になりました。

わかりづらい算数の計算も、先生が独自にパワーポイントで作った動く図式を、大きなテレビ画面に映し出してビジュアル化していたり、わからないものの答えを教えるのではなく、その答えを出すために必要なプロセスをこと細かく教えてくださったのが、息子の心をくすぐったのでしょう。

1時間目の授業を終えた息子は私の耳元でこう囁きました。

「母ちゃん、おれ、明日からこの学校に通いたい」

そうとなったら善は急げ。3年生の進級と同時に転校ができるように、毎日のように市役所に通って必要な手続きを進めました。その甲斐もあってか、4月から固定級への転校が認められることになったのです。

発達障害は、先天的な脳の障害で、気付かないまま大人になることも少なくありません。現に、私は、息子が5歳で発達障害の可能性を伝えられるまで、“生物の個体差だ”くらいの認識で気づいていなかったくらいですから。

子どもには、手をかけようと思えばいくらだってかけられます。しかし、いつかは自立していくものなので、すべての障害物を親が取り払うべきではないと私は考えます。子どもなりの解決方法で乗り越える術も身につけなければなりませんから。

しかし、こういった発達障害は、周りのサポートがないと“生きづらい”わかりにくい障害です。そのため、母である私にできることは、集団が苦手、勉強が苦手、聴覚過敏、触覚過敏、人と目を合わせて話すことが難しいなど、人に比べて苦手なことが多い、そんな息子を、頭から“ダメな子”と決めつけることなく、苦手なことが多い、それでも一生懸命楽しもうと生きている、それが私の息子なのだと、息子の「ありのまま」を受け入れる覚悟、そして、生きるヒントとなる道しるべを指し示すことが使命なのかなと思います。

これから始まるまた新たな親子のライフスタイル。息子にとっても私にとっても、不安よりも楽しみが勝っている今日このごろです。

参考/日本文化社

黒木 絵里

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