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2017.07.14

「子持ち様」って呼ばれるのはどんな人? ママという看板の間違った使い方


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「子持ち様」「お子持ち様」こんなフレーズをネット上で頻繁に見かけるようになりました。皆さんご存知ですか?

子どもがいるから「しょうがない」「当たり前」として、迷惑がかかっても許されると思っている。あるいは「様々な恩恵を当然のように受け取る」人を指すようです。ネットの世界から誕生したこの「肩書き」、私たち母親には少々耳障りの悪いフレーズなのですが……。

馴染みきれない「子連れの自分」と外の世界

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ママになると、ママ友が増えます。同じ環境ですから、「週末、一緒にランチでもしない?」ちょっとした約束も暗黙の了解で「子連れOK」例えばファミレスだったり、フラットシートのあるお店とかに集まる事が多いでしょう。誰かが泣いたり、ジュースをこぼしたりしても、「やれやれやれ」とみんなで笑っていられます。

さて、でも常に子持ち同士で集まるとは限りません。ひさしぶりに大学時代の同級生、未婚のシングル女性が中心の女子会もあれば、職場で仲良くなった後輩たちと日曜ランチに誘われるかもしれません。

彼女たちは、「子連れでくる」とはそもそも思っていなかったりもします。想像力のある人がいて、先回りして「子どもはどうするの? 子連れならどういう店ならいいの?」と聞いてくれれば大変ありがたい事ですが、単純に思いつかない場合も多々あります。

「誘われた女子会は昼間だし、まぁ大丈夫だろう」

連れて行ってみると、こぎれいなレストランで今にも子どもが触れて倒しそうなトールグラスに華奢なガラス瓶に花が一輪。早速、それらを遠くに移動させるのはママならよくある事。でも、なぜいきなりガラス瓶を動かしたのか、「え?」と思う人もいるかもしれません。最初は「あら〜、かわいい〜!」なんて歓迎されても、子どもがぐずり出したり、立ち上がって抱っこしながら話し出すと、たまにそれを「落ち着かない」「なんで子ども連れてきたのかしら」そんな風に思う人もいます。

あからさまに嫌な顔はされなくても、なんとなくみんなの話題に入りきれなかったり、子連れの居心地悪さを微妙に感じてしまう事もあるでしょう。

子どもがいないとわからなかった「大変な事」を日々体感している真っ最中、共感までは求めていなくても「理解」してもらえる前提でその場へ行くと、「なじめきれない〝子連れの自分〟」にふと気づき、思わぬ違和感を覚えた人もいるのではないでしょうか。

無責任な一部の親の「とばっちり」が・・・

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深い意味がなかったとしても「子どもがいるんだから」というニュアンスが、子どものいない人の気持ちを逆なでする場合がよくあります。

職場で子どもの話はあまり声高にしないほうがよい、という「ワーママへの基本アドバイス」は的を得ているとも言えます。気軽な気持ちで口にした事でも、相手の受け止め方は違うかもしれません。

「取引先の人との飲み会、子どもを見てくれる人がいなくてどうしても参加できないの」実際の問題として「ムリ」であり、丁寧にお断りをしたとしても「働きながら親の介護している人だっている。子ども、子どもと何でも通る言い訳のように突きつけてこないで」カッとくる人もいるかもしれないのです。

もしかしたら、ですが。

カッときたその人は、昨日スーパーで放置プレイの子どもがぶつかってきて洋服を汚したのに「あら、ごめんなさいね、子どもだから」なんて言い捨てて去っていったママの後ろ姿を見たばかりだったかもしれません。デートにぴったり、雰囲気が良くてお酒もおいしいお店だというのに、隣に子連れファミリーがいて、子どもは泣き叫び、ゲーム音を響かせてスマホをやらせっぱなしで飲んでる親に辟易していたのかもしれません。

「どっかの困ったファミリーちゃん」のとばっちりです。無責任だったり、無防備すぎる親がいるのも事実です。

よくある事ですが、「先生が不祥事を起こす」と「だから最近の先生っていうのは」という「ひとくくり」にされがちです。ひとりの親の行動が、子どものいない誰かの気持ちを刺激する。するとそれまであまり気にならなかったのに、職場でワーママが軽い気持ちで口にした「子どもがね」のひと言でも気にくわなくなる。

一生懸命働いているワーママには理不尽な事ですが、これは紛れもなく実際にあり得る現実です。

相手の立場になって想像できる力で暮らしやすく

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本当は、子どもがいる・いないに関わらず、相手の気持ちになって考えられるか、というとてもシンプルな気配りの問題なのではないでしょうか。

子どもがいると、どうしようもない場面というのがあります。スーパーでギャン泣きする子、床に大の字になって駄々をこねる子、どこにだっています。ウチの子も時々ありました。だけど、子どもを連れている私たちが「しょうがないでしょ、子どもなんだから」と開き直ってしまったら、周囲の理解や優しさも半減してしまう気がします。

母親として「開き直る」のが「大変な育児」を乗り越える術だと思いますが、これは自分に向かっての開き直りです。他人に向かって「だから、なんなのよ、子どもなんだから、しょうがないでしょ」と開き直ってしまったら、歩み寄りがしづらくなります。ママであることを「看板」にして、「そこのけそこのけ」ママが通る!では、これからも「子持ち様」フレーズは消えることはないでしょう……。

子持ち様、って言葉、なんだか本当に「ノドに小骨がささったような」妙な違和感を感じます。「様」がついているところに、根深い反感を感じます。

例えば職場では「相手の立場だったらどうかしら」とひとつ視点を変えてみる努力や、その人はどんな風に思うだろうかという想像力を持ってみる事は必要な感じがします。

考えてもみて下さい。私たちが独身時代、ベビーカーでエレベーターのない駅を使う大変さを理解していたでしょうか? 私は特に目にもとめず、ベビーカーを抱えて上がるお母さんの横を早足で通り抜けていたはずです。

「お手伝いしましょうか」と声をかけなかったのは、「子どもを連れているお母さん」など全く意識せず、「大変なんだろうな」とちょっとでも想像する力を当時、持っていなかったんですね。

しかし、ベビーカーだから「赤ちゃん連れてるんだから、どいてよね」もしそんなママがいたら「なんなんだ、急いでいる時に!子どもがいるからってエラソーに悠々と歩いているなよ」くらい、思ったかもしれません。

立ち位置や取り巻く環境はひとりひとり違います。社会全体のカルチャーとして「相手の立場になって、ちょっと想像してみる」お互いに不快な思いをしない努力をしたいと、自分を省みて思うところです。

そしてできたら、もっともっと社会全体が

「子連れのママ・パパ」

に対する優しい理解を持ってくれたらと願います。ですが、その上にあぐらをかくような事をしない「お母さん」でありたいと思うし、また母であることをふりかざすような言動や行動を抑制するのは「いち社会人」として私たちも意識して持つべきなのかな、とも思うのです。

大橋 礼

大橋 礼

年の差15歳兄弟の母。DTP会社勤務後、フリーで恋愛・料理・育児コンテンツを執筆中。今や社会人長男のママ仲間とは「姑と呼ばれる日」に戦々恐々しつつ、次男の小学校では若いママ友とPTAも参戦中。飲めば壮快・読めばご機嫌!本とお酒があればよし。


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