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2017.12.06

これじゃ、私【毒親】予備軍!?子供にとって「しんどい母親」にならないために・・・


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母になると「母性」が勝手に芽生え、みんながみんな崇高な存在になり、全身全霊で優しく子どもに接し、それはすばらしい人間にパワーアップできる。

なんていうことはナイナイ絶対ない!と、分かっていますが「母」とはいつも子供の幸せを願っているものだ、と信じていた私は、「毒親」という言葉を初めて聞いたときは、「幸せになって欲しい」と思って取った行動が「子どもを苦しめる」という事実に、多少の衝撃を覚えました。

「いい親」のつもりが「毒親」予備軍になってしまう可能性?

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2012年発売の田房永子さんのコミックエッセイ『母がしんどい』や2014年発売の小島慶子さんのエッセイ『解縛 しんどい親から自由になる』など、この数年で「母と子どものしんどい関係」を題材にした作品を目にすることが増えました。

それまでよく問題になっていた「虐待」や「ネグレクト」とは違い、「愛しているからこそ」と思いこんだ親の過剰な子どもへの言動や行動が子どもを苦しめることになるので、苦しめている側の「母」は、「良かれと思って」という思いがあり、子どもの気持ちに気がついたり、反省することが難しいのが「毒親」の問題ではないでしょうか?

いくつか作品を読んでみて「いやー、怖い怖い、ほんとにひどい母親がいるもんだ」なんて他人事のように思っていましたが、よくよく考えると「あれ、もしかして私のあの言動、あの行動、毒親予備軍かも?」と思うような出来事が、実はあったりします。

今回は恥を忍んで、私がその後猛省した「毒親になりかけた」エピソードを書いていこうと思います。

「いまさら言うな!」「人生失敗する!」と怒鳴り散らした思い出

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今となってはどうしてあーも、イライラしたのか分からないのですが、我が家にとっては、大きな出費「ピアノ」を買ったときの事です。

ピアノはそうそう買うものでもありませんし、「予算内」で「品質もまずまず」で「子どもの気に入るもの」を上手に買いたいなぁと思っていました。

しかし、その日、長女はちょっと気分が乗らず、なぜいまここでピアノを選ばなければいけないのか分かっていない様子でした。お店に入ってからこちらは一生懸命にどれがいいか検討しているのに、娘はなんだか気乗りがしない。

「どれがいい?」と聞いても、返事のない娘。しかも「どれがいい」と聞きながらも金銭的に大人の事情もあり「好きなもの選んでね」とも言えない。そんな中、まあまあ予算内で収まる電子ピアノを買うことを、夫と二人で決めました。

お会計も済み、とりあえずその日のうちに購入できたという安堵感でホッと一息。と思った頃、娘が「黒がよかった」と言い始めたのです。購入したのは「こげ茶」。

こちらとしては、ものすごい時間をかけて検討し、高いお金を払ったのに、それを踏みにじるような娘の言動。それまでの協力的ではない娘の態度も含めて私はブチっと切れてしまいました。「なんでいまさら言うの!!」「いつもあなたはそう!!!」と怒り始め、だんだんエスカレート。「ピアノを買ってもらえるなんて幸せだと思え」「自己主張できないと今後損をする!」「決められない人間なんて人生失敗する!」など、「人生」までひっぱり出して、帰りの車で、怒り散らしました。

しかし、クールダウンして考えると、娘としては「いつもの買い物とちょっと違う雰囲気」の「居心地が悪いお店」で「今、なぜピアノを買わなくちゃいけないのかよくわからない」のに、「決めなくちゃいけない」などがあって、お店の中で自分の主張ができなかったのでは、と思います。

しかし、私は、そんな娘の気持ちを汲んであげることができず「自分の思い通りにならない娘」にいら立ち「人生」まで否定して怒ってしまったのです。

実は「思い通りにしたい」と思っている自分に気づく

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この出来事を機に「娘を思い通りにしたい」と思っている自分に気づきました。私の中で定義した「いい子」で自分の思い通りに行動してくれて「思い描いた娘像」を押し付けていたのです。ピアノ購入時の件で考えると「一緒にピアノを選んでくれて」私と似たような価値観で「予算に合うもの」を気に入り「最終的に親が選んだもの」を「わたしもそれがいい!」と言ってくれる娘。

しかし、そんな思い通りに子どもが動くわけありません。娘は娘の人格があり、私とは違うのです。

しかも、それが叶わなかったことを、まるで娘がいけないかのように追い詰める発言をしてしまった。しかもその発言をしているときは「あなたの今後のため」を思っているかのごとく言う。本当は「自分の思う通りの娘じゃないことへのイライラ」をぶつけるためなのに。

自分と娘は違うから、その成長が楽しい!

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「子どもを自分の思い通りにしたがっていた」ということに気づいてみると、いままで子どもたちに叱っていたことの多くがそれに基づいているのではという気にもなってきました。私が「良かれと思って言っていること」は実は「自分のため」だったのでは?と思い始めたのです。

そう思ってからは、娘に対する叱り方も変わってきました。これは本当に娘のことを思っているのか。これは声を荒げて怒るようなことなのか。など。少し自分に問いかける時間を持つようになりました。

いまでももちろん、イライラすることは多々ありますし(そもそもうちの子は超のんびり屋で日々イライラ!)、叱ることもありますが、前に比べるとそのしかり方は自分でも変わってきたと思っています。

また、自分とはまったく違うんだと思うと、娘の言動や行動が「そんな風に思うんだ」とか「まさか、そう出るか!?」など楽しめるようになりました。私と違うから、ぜんぜん違う未来がある。だから成長が楽しみで楽しい!

NHKドラマの「お母さん、娘をやめていいですか?」や日テレ系ドラマの「過保護のカホコ」などを見ても「愛しているからこそ」と信じての言動や行動が子どもを苦しめている様子が描かれていました。子どもを「愛している」から、ということが基本にあるなら、どの母親も「毒親」になってしまう可能性があるのでは、というように思うのです。

子育てって本当に難しい。色々学ぶことや気づくことがそのフェーズフェーズで出てきます。母になって子どもから教えてもらうことがこんなにもあるなんて。母親になって私はずっと子どもに「育ててもらって」います!

松本尚子

松本尚子

ライター・編集者

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2010年生まれの女子、2012年生まれの男子の2児の母。主婦ときどきライター&編集者。女性向けサイトの編集者を経て、リクルートの住宅サイトでweb編集者を経験。酒好き、旅好き、美味しいもの好き。鎌倉在住。


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