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2019.05.21

我が子が「学校に行きたくない」いじめ以外で不登校になった理由と親がした対策とは?<体験談>



「学校に行きたくない」ある朝、突然こう言われて驚かない親はいません。誰かにいじめられたのか、何が起きたのか、あわてて子どもを問いただすことでしょう。

登校拒否というのは、いじめが原因の場合も多いのですが、実はそれ以外の理由もかなりあります。今回は、いじめがあったわけではないが「学校に行けなくなってしまったわが子」と向き合った2人のママたちの体験談を紹介します。

ケース1:「なんとなく嫌」不登校の本当の理由は複数あった


Nちゃんは小学校3年生の夏休み明けから、急に学校を嫌がるようになりました。理由を聞いても「わからない」「なんとなくダメなの」を繰り返すばかり。保育園でもおとなしいほうで親からすれば「手がかからない」タイプ。特に勉強勉強といったこともないが、小学校入学時から成績は常に上位クラス。時々、家に呼んだり呼ばれたりする仲の良いお友だちも数人いました。

だから、最初は誰かにイジメを受けているんだと思ったんです。それですぐ学校にも連絡したし、夫はもちろん、母に来てもらったり、義姉が娘を連れ出して話を聞いてくれたり。でも、イジメじゃない、ただなんとなくってそればかりで。
実際に友だちと大きな問題があった様子はないし、学校に行かなくなってからも、保育園時代からのお友だちがわざわざ家にお手紙持ってきてくれたり、そうすると娘はそれなりに楽しそうに話しているんですよ。イジメではないらしいとわかって安心するいっぽうで、だったらいったいなんなの?と今度は余計に焦りました

Nちゃんのご両親はなだめたり、なまけ癖だと怒ったり、気分転換にと旅行に行ってみたり、それでもとにかく朝になると布団からどうしても出てきません。一度、父親が引きずり出そうとすると「それなら死んでやる!」と叫んだのには、ママもパパも驚きを通り越して、途方に暮れてしまったそうです。

不登校の原因がわかったのは焦らず話をきいてくれた〝おばあちゃん〟の存在

結論から言うと、Nちゃんは1年ほど、ずっと不登校でした。その間、Nちゃんのもとに通ってきたのがおばあちゃんです。

私の母は当時64歳、ホスピス病棟(終末医療)に勤務する現役の看護師でした。今思うと、やはり聞き上手というか、子どもの話を根気よく聞いてくれたんですね。数日おきに2~3時間は娘の部屋にいました。何も話さない時もあったようですし、テレビの話題とかジャニーズの話聞いたりとか、それで少しずつ母には話すようになりました。
そしてわかったのが、まず第一に3年生になって算数がわからなくなった。テストで40点という、これまでとったことのない点数を見てショックだった。いつも何も言わなくても勉強するし成績もいいし助かるわ、と夫婦で話しているのを聞いていたそうで、学校で授業を受ける、テストをする、結果が出ることが怖い、辛い、ママやパパがガッカリするか怒るだろうから、おばあちゃん内緒にして、と言われたそうです。
私たちは一度も子どもの成績に関して何かを求めたことはなかったつもりだったので、逆の意味で衝撃でした。夫婦で軽い話題として子どもの成績について話しただけだったけど、それほど子どもにとって重圧になるような言い方をしていただろうか?いつの間にかプレッシャーかけていたのか?と困惑するばかりでした。

それと、クラス替えしてからの先生のことを話し出しました。先生は、活発でおてんばな女子、やんちゃな男子が好きというか。ただ、その先生が何か差別したとか、えこひいきしたなんてことはないんです。でも、〝私みたいなタイプは嫌いらしい、先生に良く思われたいけど、みんなとワイワイとかできない〟と悩んでいた。そんなことで?と思ったけど、思った以上に娘にはそれが苦痛だったようです。

また、信じられないような話なんですが「将来が不安」だとたびたび母に訴えるようになりました。中学高校へ行き、大人になって会社に行く。うちの先生は大変だ、私みたいに嫌いなタイプの子だって面倒みなくてはならない、大人になりたくない。母にぽつりぽつりと話したらしいんだけど、それを伝え聞いても、もう私にはまったく理解できない世界で、正直、ウチの子おかしいんじゃないか、とさえ思ったこともあります。そんなことで悩むのか、というか、そんな理由で学校に行けなくなるって・・・。

今は感受性が強すぎるだけ、成長過程の未熟な心の状態と、でも感性や心情を受け止めるアンテナが敏感すぎて「アンバランスな状態」になったのだろう、と、ずっと寄り添って話を聞いたおばあちゃんに言われたそうです。ただ、それで「なるほど」と思っても、「だったらしょうがない」といかないのが、それが他人の話として聞く場合と、実際にわが子がそうである場合の違いです。

「カウンセリング・保健室の先生・環境の変化」で事態が好転しはじめた


最終的に、Nちゃんはおばあちゃんが探してきた、不登校の子どもを専門に見ている国立病院の診察を受け、定期的なカウンセリングを受けました。

これは本当に偶然でラッキーだったとは思うんですが、たまたま転校生が何人か出たために、普通ならクラス替えのない4年生時に3クラスから2クラス編成になって、先生もクラスも代わったんです。新しい先生が「とりあえず学校に来るだけでもきたら。保健室にいて、ダメそうなら帰ってもいいしね」と本人に電話で話してくれました。それが直接のきっかけになって、学校へ行くようになりました。
カウンセリングの先生の励ましや指導、環境が変わったこと。不登校になった理由も複数ありましたが、それが改善したきっかけも、いくつか重なって良くなる傾向が出てきたという感じですね。最初は保健室登校で、それからもちょこちょこ休みながら、小学校はなんとか卒業できた感じです。

今、高校生になったNちゃんが、途中で話しに加わってくれました。「最初は学校に戻った時、あ、登校拒否の子じゃん、とか、治ったの?これから来られるの?とか言われて、居心地が悪かった。でも仲良しの子もいたし、保健室の先生に人の噂は75日って知ってる?って言われて。2ヶ月もかかるのか、と思ったけど、まぁそれでも休みながらでも出席するようになったら、それが普通って感じになって。だいぶ気が楽になった」

勉強ができないということが自分自身で許せなかったNちゃんに、両親は家庭教師をつけました。お姉さんのような家庭教師になついて、Nちゃんは相談する相手も見つけられたし、勉強にも自信がついた。数年かかったけれど、振り返ってママは「子どもが不登校になると親も渦の中に巻き込まれるような感じで冷静になれない。うちの場合は母親でしたが、他の人でもいいと思うんです、誰か親以外の人で本人だけでなく家族全体をサポートしてくれる、相談にのってくれる人を見つけると、光が見えてくるのではないでしょうか」と語ってくれました。

ケース2:「固執するほど好きなこと」のために不登校に


E君。男の子で小2の時点で2日学校へ行き、3日休むといった状況になり、ゴールデンウィーク明けにはほぼ不登校という状態になりました。
彼の場合、ふたつの大きな原因がありました。ひとつはイジメとは違うのですが友だち関係です。不登校になった時、上記のNちゃんと大きく違う点ですが、彼は2年生ながらハッキリと親に「行きたくない理由」を宣言しました。

友だちがバカすぎて理解できないと息子が言うので驚きました。家が近くて登下校も一緒とか、スイミングが同じとか、それなりに知り合いもいたんだけど、しょうがないからつきあっていた、でも限界、学校の子とは付き合いたくないと言うんです。面白くもない子たちと合わせるのが面倒、グループ学習で周囲の子たちのやり方がバカっぽくてやってられない、って。どんだけ上からモノ言うのかって父親の方が怒り狂っちゃっいました。その日の修羅場は今も思い出します

朝起こそうにも、本当にグッタリと眠りこんでいて何をしても目を覚まさない。昼すぎに起きてきて、あまり食事もとらず、夕方になるにつれ元気になってくる。そうすると「ま、明日はできたら学校へいってみるよ」と言うのですが、結局、朝は起きられないわけです。

不登校は2年生でオンラインゲームにハマっていたという背景

実をいえば、E君は夜中にタブレットでオンラインゲームをしていたんですね。主に中学生から高校生くらいの子がやるゲームで、しかもチャットで話ながらゲームをしていた。一軒家で子ども部屋は2階、親は1階で寝ていたので、気付くまで時間がかかったようです。

子どもはゲームの仲間たちとの話はすごく面白いと言うんです。そこからよくわからないプログラミングの専門用語とか出てきて。まさか2年生の子どもがって感じで、大人向けのPCの専門誌とか、ゲーム雑誌とかもあって。図書館で山ほど借りていました

この子は幼い時から数字に強く、保育園時代に通っていた幼児教室では何度も表彰されるくらい、すでにひらがなや簡単な足し算ができ、2年生であっても特化して「できる分野」があったわけです。専門誌でも自分で調べながら読みこなすこともできました。ゲーム好きの男の子はクラスにたくさんいるわけですが、彼の話についていける子はいなかった。中学生や高校生の子と話すほうが面白い、知らないことを教えてくれる、中には大人も混じっていたでしょう。

たまに学校へ行く、すると「うわ、あいつ来た」みたいに言われる。勉強もすらすらと解いてしまう。周りの子が話しかけてきても「バカバカしくて話す気になれない」そのうちに学校などどうでもよくなってしまったんですね。

さて、この子ですが、いろいろとママは長く苦労したそうです。しかし最初怒鳴りまくっていた父親の方が先に「ここまで、この年齢でできる、やりたいことがハッキリしているなら、学校になじませるのも、例えば普通にサラリーマンとして働くようなことも難しいかもしれない。それなら、特性を伸ばすしかないのでは」と考えるようになりました。

今でもそれが正しかったとは思えない。でも選択肢として、結局は、ゲームは昼間やる、夜は9時に寝るという約束だけを守らせて小学校はほとんど不登校で終わってしまいました。中学に入った時に、それほど好きならゲームのプログラマーとかエンジニアになればいい、それには専門の学校を出なくてはならない、専門の学校は義務教育の中学を卒業しなくちゃ入学できないんだと筋道たてて夫が話しました。

よくわかりませんが、どうも息子はゲーム仲間にも相談し、そこでも工学部や専門学校でないとゲーム会社で働けないよ、と言われたみたいで、本人も納得したようです。中学はなんとか登校日数ギリギリで卒業できました。学校では変わり者扱いはされていたようだけど、逆にそこまで自分自身の好きなことにハマってしまっていたので、イジメのようなことをされても気にしない図太さも持っていたみたいです

長い苦労が実り子どもは独立していった


やがて彼は専門学校へ行き、非常に優秀な成績で卒業し、有名なゲーム企業に就職しました。社会人になった今だから話せるけれど、とお母さんは苦笑いの表情を浮かべました。

不登校のままで、しかもゲームばっかりさせて、それほどゲーム好きならゲーム制作を仕事にすればいい、男の子だし、結局将来的に好きなことを仕事にして独り立ちできれば、それでいいんだ、と割り切るのって、そんな簡単にできないですよ。そりゃちょっと学校に行きたくないっていうくらいならともかく、結局、10年近く、引きこもり状態だったのですから

それに正直に言うと、私自身とても苦しかったです。外で誰かに会えば、あの登校拒否している子の親よ、って言われてるような気がして、やっぱり不登校の親と言われるのが私自身も嫌で。お願いだから普通に学校へいって、それで工業大学とか専門の大学へ行って、と何度、泣きながら頼んだかわからないです。今思えば親のエゴですよね、不登校の子、ゲームやらせ放題させてる親って思われるのが嫌という・・・。でも当時はわからなかったんです

今はそれこそ結構なお給料をもらい、職場で出会ったお嫁さんと結婚しましてね、実はいま、妊娠してるんです。だから、まぁ、私もようやく吹っ切れて、こうしてお話できるんですけどね。少し前までは、無事就職してからも昔のママ友とかに会うと、いろいろ説明みたいに話をするのが面倒だなぁ、嫌だなぁと思っていました

お母さんは、E君が専門学校へ入るまでの間、毎日憂鬱であり不安で、白髪が一気に増え、やせ細ったそうです。確かに短い物語として聞けば、今幸せなんだからそれでよかったんじゃない、で終わりですが、毎日学校にいかずゲームに没頭する息子を横目で見守りつつ、いつかきっと、と願うだけで、小2から10年近く過ごすのは、私たちが想像するよりもずっと大変だったに違いありません。

今は体型もすっかり健康的になった彼女が、「お嫁さんもゲーム好きでシステムエンジニアなのよ、孫はいったいどうなることやら」と笑いながら息子さんの結婚式の写真を見せてくれました。

子どもを見守りつづけることしかできなくても


少し長くなりましたが、2つの体験談を紹介しました。実は今回ママたちの話を聞くなかで、他にも「イジメではないが登校拒否になったケース」をいくつか知りました。

そして、すべてがひとつずつ、違う要因をもっていて、なおかつ「いくつかの理由が重なって」不登校になっているのがわかりました。

学校は「通うもの」である以上、甘やかすのはよくないと思って、毎日泣いてでも連れていった、というママの話もありました。ではそれはダメな方法なのか? と言えば、一般的な教育論や心理学的には最善策ではなかったにせよ、その家庭では「それでよかった」という場合があるんですね。つまり、こうすればこうなる、という不登校の絶対的な解決法はないのです。

あるのは「それぞれの対処法」です。基本的には、長期的な問題になる前に、不登校のカウンセリングや子どものサポートを専門としている機関に相談するのがセオリーでしょう。

不登校を経験し、最終的には学校へ戻った、あるいは社会人になってひとりだちをした、という親御さんに共通しているなと思ったのは「それでも子どもを見守り続けた」という点です。不登校でもいい、休めばいいよ、という方針をとった家でも「子どもを放置した」わけではありません。胸の内では「心配で心配でたまらなかった」そうして子どもの成長に寄り添い続けた結果、やがて社会になじむ「きっかけ」が訪れたのです。

次回は「なんか調子悪い、学校休みたい」不登校でもないが、学校を休みがち、あるいは朝行きたくないともめることが多いという体験談を紹介します。

大橋 礼

大橋 礼

年の差15歳兄弟の母。DTP会社勤務後、フリーで恋愛・料理・育児コンテンツを執筆中。今や社会人長男のママ仲間とは「姑と呼ばれる日」に戦々恐々しつつ、次男の小学校では若いママ友とPTAも参戦中。飲めば壮快・読めばご機嫌!本とお酒があればよし。


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